寺社探訪

寺社探訪とコラム

真言宗醍醐派 品川寺

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真言宗醍醐派 品川寺 目次

名称・寺格

海照山 普門院 品川寺 と称します。真言宗醍醐派の別格本山です。

創建

大同年間(806-810年)、弘法大師空海によって創建されました。

本尊

水月観音 聖観音

みどころ

旧東海道の趣のある通り沿いに3m弱の地蔵菩薩坐像があります。江戸の交通を守る江戸六地蔵の第一番札所です。

アクセス

東京都品川区南品川3-5-17

京急「青物横丁」徒歩4分

探訪レポート

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旧東海道品川宿の趣のある商店街に面した品川寺ですが、山門の外側に大きな地蔵様が鎮座されています。こちらは江戸の街道を守護するために宝永5年(1708年)に造られました。江戸六地蔵の第1番で、東京都の文化財に指定されています。江戸六地蔵はほぼ同じ時期に、同じ人物が、同じ目的で製作したのでほぼ差がないのですが、品川寺地蔵菩薩坐像は六地蔵の中で最も古く、最も大きく、傘を被っていないのが特徴です。

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山門を入ると、左側に「品川茶屋」というカフェがあります。オープンテーブルで静かな時間を過ごされている方が数名いらっしゃったので、撮影はしていませんが、ここは相当に落ち着けると思います。その反対側に赤い鳥居の稲荷神社があります。

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4月初旬に訪れたので、花まつりののぼりが出ています。こちらは建物の構造的には書院や客殿や寺務所の玄関のようですが、薬師堂という看板が掲げられていて、中に入ると薬師如来像など複数の仏像がご安置されていて、お参りできるようになっていました。受付もあって、御朱印やご祈祷の申込みもここからで良さそうです。

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薬師堂から繋がる本堂部分は、山号の扁額が掲げられていました。本尊は聖観音菩薩です。真言宗の寺院では珍しいですが、品川寺の元となる本尊の水月観音像は品川の歴史と共に歩んだ不思議な運命の仏像です。弘法大師空海が東国行脚された際に、念持仏の水月観音像を当地の押領使であった品川氏に授け、代々受け継がれていました。室町時代の関東地方は、鎌倉公方VS関東管領の激しい覇権争いが続きましたが、その争乱で品川氏は滅亡します。草堂に置かれた水月観音は、この地を治めるようになった太田道灌が崇拝して、一宇を建立し大円寺と称しました。戦国時代には小田原北条氏VS武田信玄の争いで、信玄が品川を焼き払います。その時武田家の侍2名が水月観音甲州へ持ち帰りましたが、すぐに発狂してしまいました。信玄は山伏に依頼して水月観音を元の場所に戻し、焼跡の中に形ばかりの草庵を結び、観音像を安置しました。江戸時代に入って、ようやく中興弘尊によって堂宇が整備され品川寺となったのです。

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真言宗醍醐派という宗派にあまり聞き馴染みのない方も多いのではないでしょうか。真言宗天台宗密教を取り入れて山岳信仰的な要素も強いですが、真言宗醍醐派は、真言宗というよりも修験道的なイメージです。京都の醍醐寺が本山で、品川寺は別格本山に位置します。修験道といえば役行者です。本堂の横にしっかりとご安置されています。

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こちらは修行大師像です。真言宗では、托鉢姿の弘法大師像を修行大師と称しています。他には、子供の頃の姿は稚児大師などと言います。弘法大師四国八十八か所巡礼に見られるように各地を行脚して様々な超人伝説を残しました。

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境内の奥の方に弁天堂があります。ここは虫がすごかったです。頭に群がる虫を払いながら進みます。

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弁天堂の横に、多分観音堂かなと思う建物がありました。お供物がたくさん置かれていました。

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鐘楼堂へは、石像群が置かれた岩場の中を通って上がります(通常は通行止め)。こちらの鐘楼は明暦3年(1657年)に鋳造されたもので、品川区にとっては運命の鐘となっています。理由は不明とのことですが、この鐘が慶応3年(1867年)年のパリ万博と、明治4年(1871年)のウイーン万博に出陳され、その後はスイスジュネーブの美術館で保管されていたそうです。そこから品川寺の働きかけで昭和5年(1930年)に返還されるのですが、大正期前後に国際的な交渉や搬送を行うことは並大抵ではなかったと思います。戦時中は品川寺の梵鐘にも供出命令が出たそうなのですが、梵鐘と六地蔵以外の金属を全て供出することで、なんとか守り抜いたそうです。梵鐘返還のお礼に品川寺からジュネーブの美術館へ新たに鋳造した鐘を寄贈するのですが、それが実現したのが平成3年(1991年)です。返還していただいてお礼を送る、ということを成し遂げた時、品川区とジュネーブ市は姉妹都市になっていました。行政を動かす出来事というか、そこまでの気力と努力があったということですね。

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英霊堂と称して、聖観音菩薩と戦争で人のために使役されて殺された馬、犬、鳥を祀っています。靖国神社でも、馬、犬、鳥を祀っていますね。

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こちらは文化財の樹齢600年のイチョウの古木です。品川寺は品川区で最も古いお寺です。本尊の観音像や梵鐘の話は、品川寺が品川の歴史と共にあったことを物語っています。そんな雰囲気に包まれて、オープンカフェでひとときを過ごすというのはいかがでしょうか。

 

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