寺社探訪

寺社探訪とコラム

「神仏:不動明王」

前回の釈迦如来に続きまして、今回は不動明王にスポットを当ててみます。日本では馴染み深く、不動明王を本尊にする寺院も多いです。不動明王に関して私がお伝えしたいのはただひとつ。不動明王は仏教の一尊ですので、神道の神様ではありません。お不動様に「二礼二拍手一礼」でパンパンとお参りするのはやめましょう(笑)。

不動明王

日本に伝わった大乗仏教の「広義の仏」に位置づけられる中で、本当に悟りを開いた存在は「如来」だけだと前回の釈迦如来の回で解説しました。仏様とは如来のことのみを言い、菩薩や明王は厳密には仏様ではありません。それでも限りなく仏に近い、尊い存在として信仰されています。明王には不動明王の他に愛染明王などが存在し、密教関係の経典に登場します。不動明王真言宗では教主である大日如来の化身とされています。密教では如来には3つの姿があって、1つは悟りの境地を体現した如来としての姿、ひとつは悟りの境地をわかりやすく説く姿。もうひとつは仏法に従わないもの、敵対するものを力ずくで教え諭し、正しき道へ導こうとする姿です。この3つ目の姿こそ不動明王だとされています。煩悩を抱えたままの、悟りからかけ離れた衆生をも無理やり救うので、恐ろしい憤怒の形相をしています。

(埼玉県深谷市 応正寺)

不動明王は一面二臂で、右手に剣、左手に羂索(縄)を持っています。剣は三鈷剣や倶利伽羅剣、智剣や利剣などと呼ばれていて、人々の煩悩を断ち切るための剣です。羂索は麻縄で魔を縛り上げたり、人々を捕まえて縛ってでも悟りに導くためのものです。背中に炎を纏い、口から牙が見える憤怒の形相です。

不動明王を祀る寺院は数多く、本尊だけでなく、不動堂を建立し安置している例も多いです。特に密教系の真言宗天台宗に多く、その他日蓮宗禅宗修験道でも重んじられています。

初七日忌

葬儀では、不動明王は初七日を司る仏(明王)として登場します。十王信仰という中国の道教と仏教が習合した信仰があります。亡くなると、七日ごとに裁きを7回受け、四十九日までの7回+百か日+一周忌+三回忌=10回の裁きが行われるとされています。よく知られている閻魔大王の地獄の裁判ですね。七回忌+十三回忌+三十三回忌で13回とする信仰も広がっています。ちなみに閻魔大王の裁きは5回目の35日忌に行われます。

それぞれの忌日に、中国の十王信仰の王がそれぞれ付いていますが、仏教ではその本地仏として各忌日を担当する仏(如来・菩薩・明王など)が決まっています。そして最初の忌日、初七日を担当するのが不動明王なのです。初七日法要では不動明王に祈願しますので、不動明王真言を唱えることが多いです。

聞いたことのある方も多いと思いますが「ノウマク サンマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン」というのが不動明王真言です。更にロングバージョンとショートバージョンがあるのですが、ロングバージョンは割愛します。ショートバージョンは「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」です。「カンマン」とか「カン」というのが不動明王を表す言葉です。不動明王にご祈願する時には、手を合わせて心の中でお唱えしましょう。

ただ、浄土真宗では亡くなるとすぐに成仏するという考えですので、死出の旅も審判もありません。

 

眷属

釈迦如来をご安置する際には、両脇侍に文殊菩薩普賢菩薩を配して「釈迦三尊」と称しますが、不動明王にも「不動三尊」なるものがあります。

(埼玉県長瀞町 光明寺

不動明王の眷属として八大童子と呼ばれるものがあります。童子がどういう位置づけの存在かは、私にはよくわかりませんが、仏教の天部の一尊と思われます。基本的に不動明王の眷属という以外に登場しませんが、それぞれ役割を持った8人の童子のうち、矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)が不動明王の脇侍に付いて「不動三尊」と呼ばれます。

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(神奈川県伊勢原市 大山寺)

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(八王子市 薬王院

不動明王には三十六童子や四十八使者など、数多くの眷属がいます。山中の不動尊信仰の寺院に、このように( ↑ )斜面に並んで配されていることがあります。何だろうと思っていた皆様は、今度から「これは不動明王の眷属なのだよ」と知ったかぶってください。類似品に「十六羅漢」「五百羅漢」「十二神将」「二十八部衆」などございますので取扱注意です。

 

成田山

不動尊と言えば成田山新勝寺です。平将門の乱の際に朱雀天皇が各寺院や密教僧に、将門調伏の祈願を命じました。真言宗の寛朝僧正はこの命を受けて、京都神護寺に安置されていた弘法大師作の不動明王像を持って東国へ向かいました。その結果将門は討たれて、朱雀天皇不動明王のご加護と大変喜びましたが、寛朝が京へ戻ろうとしても不動明王像が動かないという出来事があり、朱雀天皇はその地に不動明王を安置するように命じ、神護新勝寺と名付けたのが成田山新勝寺の始まりです。

成田山新勝寺不動尊は全国からの宗派を超えた厚い信仰に支えられ、神仏習合の時代、成田山新勝寺不動明王を勧請して、全国に不動尊信仰が広がりました。新勝寺不動明王を勧請した寺院は、成田山を名乗るようになりました。成田山新勝寺真言宗智山派の寺院ですが、真言宗豊山派天台宗の寺院でも、新勝寺から勧請した不動尊をご安置していて、成田山を名乗っている寺院があります。新勝寺は大寺院ですので、末寺や分院も71カ寺あるそうです。それらの寺院も成田山を名乗っていますので、皆様の菩提寺やご近所の寺院にも成田山を見つけることがあるのではないかと思います。

 

東京都の不動明王

国宝級の不動明王像は京都に集中していますが、東京にも多くの信仰を集めている不動尊があります。「関東三大不動尊」「関東厄除け三不動」なるものも存在します。三大不動尊は、千葉県の成田山新勝寺、日野市の高幡不動尊と、真言宗智山派大本山級の寺院が挙げられ、三大「あるある」に従って、3つ目は複数の候補が覇を競っています。埼玉県加須市不動ヶ岡不動尊、神奈川県伊勢原市の大山寺、埼玉県飯能市高山不動尊、埼玉県越谷市大聖寺が挙げられています。一方、「厄除け三不動」は千葉県東金市の徳道寺(別名:妙泉寺)、目黒区の目黒不動尊台東区の飛不動尊だそうです。

また、当ブログでも特別企画として特集しましたが、東京には五色不動尊というのがありまして、赤、青、黄、黒、白と色分けされた各不動尊が東京都内の寺院に割り当てられています。

では、東京都の代表的な不動尊を挙げてみます。

 

高幡不動尊(日野市)

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新撰組副長、土方歳三菩提寺である日野市の高幡不動尊です。実は高幡不動尊の本尊は不動明王ではなく大日如来です。正式には高幡山金剛寺と称する、真言宗智山派の別格本山です。泣き龍で有名な本堂には大日如来をご安置していて、不動明王は不動堂にご安置されています。丈六不動明王坐像と言いまして、座高2.8m、1トンを超える巨像です。康永元年(1342年)や最近にも大規模改修がなされましたが、根幹部分は平安時代の作で、この不動明王像と矜羯羅童子制多迦童子を合わせ不動三尊として国の重要文化財に指定されています。高幡不動の不動堂の奥に、奥殿( ↑ )がありますが、そちらにご安置されています。不動堂には身代わり本尊として、後世に造られた極彩色の不動明王像があるそうです。

 

深川不動堂江東区

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成田山東京別院深川不動堂です。現在でも、歌舞伎役者の市川團十郎成田山新勝寺のイベントに参加しているニュース映像などが報じられますが、市川團十郎成田山新勝寺の絆は江戸時代に遡ります。江戸時代初期に、人気歌舞伎役者の市川團十郎不動明王が登場する芝居を打ちました。このことがきっかけで、庶民の間で不動明王を拝観したいという気運が高まります。そこで、富岡八幡宮別当寺だった永代寺で、成田山新勝寺不動明王の出開帳が行われました。江戸時代を通じて、成田山不動明王の江戸出開帳は合計で12回も行われましたが、明治維新で永代寺が廃寺になり、以降中止とされてしまいました。しかし人々の不動尊信仰は増すばかり。という訳で、成田山不動明王の分霊を祀り、深川不動堂としたのです。実はこちら( ↑ )は本堂ではなく、旧本堂です。本堂は左側の梵字が張り巡らされた近代的な建物です。

 

目黒不動尊(目黒区)

真言宗智山派寺院が続きましたが、目黒不動尊天台宗の寺院です。全国の寺社仏閣の縁起にその名を轟かす前の、15歳の慈覚大師円仁が比叡山最澄の元へ向かう途中に、目黒の地で夢のお告げがありました。剣と縄を持った恐ろしい形相の神人が現れたそうです。円仁はその後入唐し、長安青龍寺であの夢に出てきた神人が不動明王であったと知ります。そして帰国した円仁によって、不動尊を本尊とする瀧泉寺が建立されました。こちら( ↑ )は水かけ不動尊です。仏教では祈願のために水を被るということをするのですが、参拝者の祈願が叶うように、こちらの不動尊が代わりに水を被ってくださるのだそうです。涙が出ますね。

 

さて、日本国民に人気の不動明王を解説してみました。真言宗においては大日如来が仏法の中心で、お釈迦様は大日如来を中心とした仏の世界の一構成員のような扱いです。そんな中で不動明王は、中心仏である大日如来の化身とされています。大きな力と覚悟を持って衆生を救済するお不動様に手を合わせ、「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」と3回お唱えして、願い事をご祈願しましょう。パンパンは不要です。

 

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