昨年5月、退院後の初登山として標高229mの金尾山に挑み、途中で気絶しそうになり断念しました。11ヶ月ぶりのリベンジ登山に選んだのは、人気の陣馬山〜高尾山縦走です。
JR高尾駅〜陣馬新道登山口
やってきたのはJR高尾駅です。陣馬山の登山口へは相模湖側からのアプローチもありますが、今回は高尾駅北口からバスで向います。高尾駅北口のバスロータリー①番乗り場に行くと既に登山の格好をした方々が並んでいました。列の後ろに並んで、「陣馬高原下」行きのバスが来るのを待ちます。
平日だったので車内は少し立っている人がいる程度の混み具合です。終点なので気楽に座っていると40分ほどで到着しました。20名ほどの方が終点で降りました。ちなみにバス停付近には公衆トイレはありますがコンビニなどありませんので、コンビニでの買物は高尾駅周辺で済ませておく必要があります。トイレはこの先は陣馬山の山頂までありません。
バス停前の広場でストレッチなどの準備運動をする方もいました。ちなみにこの日は4月4日で、東京はしばらく冷たい雨の降る日が続きましたが、この日は寒いけれど晴れています。一日中晴天予報なので、日中気温が上がることを期待しつつ出発です。
石塔郡がありました。一番左は月待塔で、二番目の石灯籠は秋葉大権現と刻まれています。中央は青面金剛菩薩なので庚申塔です。その右は石灯籠、一番右が地蔵様と思われます。陽に照らされてお地蔵様が眩しそうに俯いています。
昨日までの雨で路面が濡れています。あたりの空気も湿気ていて、山に入るともっと湿気ていることが想像され、少し気が重くなります。高い空は澄んでいて、予報通り太陽が空気を温めてこの道も乾いていくんだなと、早くも自然のメカニズムの壮大さに安っぽい感動をしていました。
アスファルトの道路に沿って川が流れています。おそらく昨日の雨で水量が増えていると思われます。せせらぎが周囲の音をかき消そうとしますが、鳥のさえずりと3人組のマダムスの会話が、水音を破って自己主張しています。
陣馬新道登山口~陣馬山
この分岐が「陣馬新道登山口」です。ここから山に入ります。案内図の地図はほぼ読めませんが、「入口」と書かかれているのでわかりやすいです。
山に入ってからも川が近くを流れていますので、湿気と水音があたりに漂っています。
アスファルトではないですが、このように舗装工事された道になっています。ただこんな道はいつまでも続かず、すぐに終わってしまいます。自力で登山するのは1年ぶりで、手術後は初となりますので、個人的には満を持しての山登りで気合入っています。とにかく頂上まで登り切ることが目標ですが、とりあえず最初は1時間休憩しないで歩き通して、今日の調子を図ることを目指します。
東京の山の特徴なのか、山はどこでも同じなのか、根っこ剥き出しの登りは歩きにくくて疲れます。30分ほどで額に汗が流れるようになり、上着を脱いで調整します。この陣馬山~高尾山縦走は低山の連続で尾根道を渡りながら、各山頂の茶店で名物をいただいて巡れることから、初心者でも楽しめるとても人気の高いルートです。
実は20年ほど前に一度だけこのルートを歩いたことがあるのですが、その時は大変な目に遭いました。各山の山頂に茶屋があるということで、食料も飲料も持たずに出発してしまったのです。すると途中の茶屋は全て閉まっていて、最後の高尾山まで水一滴飲めないという過酷な山行になってしまったのでした。その当時はピロリ菌の除染もまだしていなくて、逆流性食道炎が頻発する中で水も飲めないというのは辛かったです。あの頃と比べると自分も学んだというか、歳をとったというか、山に行く時は多少装備を気にするようになりました。
根っこ剥き出しの木は子どもの頃に見たグリム童話のように、突然歩き出しそうで怖いです。1時間経ったところでトレッキングポールを解禁しました。自分にご褒美をあげながら、ゆっくり登っていきます。陣馬高原下のバス停から陣馬山の山頂までの所要時間はおよそ1時間30分ほどらしいので、体調的には休憩なしで行けそうです。時々立ち止まって水分補給はしますが、とりあえず山頂についてから休むことにします。
ここは車輪の跡があったので、何かしらの車が登れる道のようです。周囲も明るくなってきて、山頂が近いとわかりますね。
陣馬山まで0.1km、つまり100mです。この階段を昇れば山頂のようです。ところで、道標を見ていて思ったのが、「陣馬山」ではなく「陣場山」なのですね。調べてみると、どちらにも由緒があって、陣馬でも陣場でも良いようです。
階段を上っていると遠くの方に見えてきました。馬が。ついにリベンジが成功しようとしています。229mの山を途中で引き返した屈辱のあの日から、気絶しそうになりながら最寄り駅まで3kmを2時間かけて歩いたあの時から11ヶ月。また山に登ることができました。めでたし、めでたし。
陣馬山
小田原北条氏を攻めるために武田氏が陣を張ったから「陣場山」と呼ばれたのが、1960年代後半に京王電鉄が観光地として売り出すために白馬の像を建ててシンボル化したことから「陣馬山」と表記するようになったのだそうです。「神奈川の景勝50選」の石碑( ↑ )の奥に見えているのは信玄茶屋です。八王子は武田信玄に縁のある地で、当ブログでレポートした信松院の松姫が八王子に落ち延びる際、陣馬山を通ったという説があります。
こちらが京王電鉄の思惑通り、見事に陣馬山のシンボルとなっている白馬の像です。この像には857mと書かれていますが、公式には陣馬山の標高は854.8mです。京王電鉄的には馬の頭の先が頂上なのでしょうね。
陣馬山にはお茶屋さんが3店舗あります。先ほどの信玄茶屋とこちらの清水茶屋と、富士見茶屋があって、この日は清水茶屋だけが営業していました。トイレもありますし、とにかく山頂エリアが広くて、ぐるっと周囲の景色を見渡すことができます。
こちらは富士見茶屋の隣から見た富士山です。雲が多くて今ひとつでしたが、遠くの山々にはまだ積雪が見られて、見渡す限りの山の風景は清々しい気分になります。まだお昼ご飯には早いので、ベンチに座って持ってきた行動食を食べながら、麦茶を飲んでひと息つきました。すると、遠くからコーヒーをドリップする香りが漂ってきました。その方はひとり黙々と準備して「ダバダ~」と堪能していましたが、周囲の人々の声にならない念が見えるようで恐ろしいなと思いました。きっと茶店でドリップコーヒーを売れば、大ヒットすることでしょう。
陣馬山~明王峠
さて、休憩を終えて出発です。明王峠方面に向かいます。この道標は東京都が建てているようですが、陣馬山は東京都と神奈川県に跨っています。動いている間は暑く感じることがあっても、休憩すると冷え込んでしまうのが山の常。あまり汗だくにならないように行動中から調整することが大事ですね。
陣馬山は奥高尾エリアの山々の中で最も標高が高いので、ここからは稜線を下りながら歩くことが多くなります。山の中に造られた階段は、幅が長く段差が高いことが多いです。中には1段を1歩で降りるのか、2歩で降りるのか、微妙な構造になっている部分もあって、もどかしい気分になります。まあ、そもそも山に階段なんてないはずですし、安全に歩きやすくするために造ってくださっているのだから、文句は言いたくないのですけど……。
綺麗に杉の木が伸びていますが、私はこのような光景を見るといつも思い出してしまうものがあります。それが歌川広重の「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」という浮世絵です。黒くまっすぐな線が似ていませんか?
おそらく前日の雨が雪になって、まだ残っています。
環境省が管轄している首都圏自然歩道というのがあるのですが、通称「関東ふれあいの道」と称しています。関東一都六県を一周する長距離自然歩道で、なんと総延長1800kmもあるそうです。これを日帰りで巡れるように10km前後に区切って「〇〇のみち」という名称を付けています。実は陣馬高原下バス停から京王線高尾山口までの19.4kmも、この関東ふれあいの道の1コースで、「鳥のみち」という名称が付いています。このプレートを見れば、進み具合がよくわかりますね。まだ1/3にも達していません。
少し登り返しです。全体的に下りながら、峠や山頂が近くなると少し登り返す、という感じで進んでいきます。平日ですので、歩き出すとあまり人に出会うこともなく、たまに反対から来た人とすれ違ったり、トレイルランナーが突っ走っていったりする程度です。
明王峠
明王峠に到着しました。座って少し休憩させていただきます。
ここにはお茶屋さんが1件あるようですが、営業はしていない様子。調べてみると、現在は復旧工事中なのだそうです。屋根のあたりに改修した感じがあります。厳しい自然環境の中でこのような作業をするのは大変だと思います。しかもこの明王峠のお茶屋さんを復活させたとしても、それだけで生計が成り立つような話ではないと思います。プライスレスな意思と情熱が、このお店を復活させようとしています。注目したいですね。
高尾山方面に向かって進みます。環境省のおかげでまだまだ先が長いと知って、ショックを隠し切れません。急いでも急がなくても、一歩ずつ進むしかないので、足元に気を付けて参りましょう。
明王峠~堂所山
見事な縦縞の背景にむき出しの根っこ。登り返した分を下りながら進みます。
ここは底沢峠という場所で、道が交差して少し広くなっています。この道標の支柱一番上のところに数字とアルファベットが書かれていますが、これには位置を特定する役割があるそうです。ケガや体調不良で動けなくなって救助を要請するときに、この番号を伝えるという訳です。
陽が差していますが、地面は昨日までの雨のためにぬかるんでドロドロの場所が結構あります。登山靴を履いているので、水分が靴下まで染みたりすることはありませんが、靴に付いた泥でズボンの裾が豪快に汚れます。
稜線を歩いているので、急なアップダウンはありませんが、山の風景はコロコロ変わります。ここは木を切り倒してしまっています。理由があってのことでしょうが、何となく無残な気分がします。ここで親子のトレイルランナーが走って行きました。、父は走りながら息子にトレイルランの素晴らしさを語りかけ続け、息子は父について走るだけで目一杯の様子。トレイルラン専用のギアは親子揃って身につけています。この様子を見て思いました。明らかに父親の趣味に息子が付き合わされています。
切り倒される木があれば植え育てられる木もあって、新たな若木が育っています。ここで分岐です。真っ直ぐ行くと堂所山、右に行くと景信山です。
山頂が近いようで、根っこ剥き出しの登りに入ります。歩きにくくて大変です。
登り切ると分岐がありました。真っ直ぐ行くと堂所山、右に行くと先ほど分岐した景信山への道と合流するはずです。
堂所山
先ほどの分岐。堂所山まで0.1kmと書かれています。という訳で、すぐに山頂に到着です。堂所山にはお茶屋さんもトイレもありません。山頂には先客が2名いらしただけで、陣馬山〜高尾山縦走ルートでは、堂所山をスルーする人も多いのかなと思います。
木々に囲まれて眺望は今ひとつですが、堂所山からも富士山が見えます。わかりますでしょうか?
堂所山~景信山
登った分下りることになるのですが、地面がぬかるんでいるので結構怖いです。この坂を下って、景信山へ向かう道に合流します。
ここで、あれっ? と思ったのですが、膝が痛くなっているのでした。自分で自分をアホだと思う瞬間って誰しもあると思うのですが、ここへ来て足を怪我したことを思い出したのでした。この日は金曜日で、怪我をしたのは日曜日。1週間経ってないのに、すっかり治った気でいました。配達中に段差に足を踏み外してガクンと両膝をついたのですが、その時私は20kgの水を抱えていたのです。両膝が稲荷寿司を張り付けたように腫れあがったのですが、しばらく湿布して過ごし、腫れも引いて完治した気分でした。
分岐点ですが、ここは迷わずまき道を選びます。とにかく両膝を怪我しましたから、どちらかを庇うと、逆の足に負担がかかります。痛くなくなれば治ったと思って忘れてしまう単純な自分を馬鹿にしつつ、何とかごまかしながら進むしかありません。ここまで来るまで気づかないのも、相当な阿呆だと思います。何でも無理して押し通せた年齢は、とっくに過ぎてしまっていることを自覚しなければ……。
まき道だとアップダウンなしで平坦に進めます。アップダウンしたからこそ見ることのできる景色はありませんが、膝には優しい選択です。
ちなみにこちらがまき道の終点で、まき道を選ばなかったら、この階段を下りてくることになっていました。下りの階段が膝に一番悪いですから、まき道を選んで正解です。
熊笹に囲まれた道を進みます。道はぬかるんで歩きにくいです。滑って転ばないように注意しつつ歩きます。と、ここで、ボツボツと雨が降ってきました。天気予報では晴天でしたが、山の中ですし、予報はあくまで予報で絶対ではありません。ただ、ほぼ気にならない程度の雨で、ウェアもそのままです。
鉄塔の横を通過します。空は青空も見えるのですが、ボツボツと気にならない程度の雨が降っています。ちなみに私のウェアは、半袖の速乾Tシャツの上に長袖の速乾Tシャツ、その上に長袖Tシャツ、更に薄手のフリースという格好です。早朝はその上から薄手のダウンを着ていましたが、汗だくになりそうだったのですぐに脱ぎました。じっとしていると少し寒いですが、歩いていても汗をかかない良い具合です。
クマザサに覆われた道を進みます。地面が結構荒れていて、陶芸でも出来そうな程に、土がこね回されてネチャネチャしています。陽が照っているのに、雨粒が熊笹の葉を叩く音が響いています。更に陶芸に良い土が出来上がりそうですね。
分岐点です。右のまき道を選んでしまうと景信山には行けないので、左へ進みます。景信山に着いたらお昼ご飯を食べるという大きな楽しみが待っています。とはいえ、今回はコンビニで買ったサンドイッチのみというお昼ご飯です。どんなご飯でも、いつどこで食べようかと考えること自体が登山中の楽しみになります。
ヌルヌルの緩やかな坂道を登ります。20年ほど前にこの縦走路を歩いたことがあると書きましたが、確かその時も雨上がりのぬかるみの中を歩いた記憶があります。見える景色は全く記憶にありませんが、野鳥の鳴き声が響いていたことは覚えています。
景信山
727.1mの景信山の山頂に到着しました。景信山の名は、北条氏照の武将だった横地景信から名付けられています。甲斐武田氏に対するのろし台が築かれたそうです。陣馬山ほどではありませんが、景信山の頂上もすごく広いです。
良い眺望です。遠くの方は晴れているのに、景信山の頂上でも雨粒がポツポツと降っています。ただ、平地でも傘をさすほどではない程度の雨です。お昼時なのでここでご飯にする方も多いようで、茶店も空いていてなめこ汁がよく売れていました。
鬼殺隊の時透無一郎の出身地が景信山だそうです。結構細かい設定があるようで、鬼殺隊の各人の出身地が書かれていましたが、山出身が多くて驚きます。景信山としては、名前が挙がったからには便乗していこうという感じでしょう。とはいえ、現実的には出身地が景信山とか雲取山とか日の出山という人はかなりのレアケースだと思います。
ベンチに座って卵サンドとハムサンドのセットをちびちび食べました。気になっていたズボンの裾の泥をティッシュで拭いてみましたが、また歩き出したらすぐに泥んこになるでしょう。雨が少し気になるので、ここでカッパを着ることにしました。20年前に富士山に登った時に購入したレインウエアですが、今回初めて着ることになりました。これまでリュックの重量以外の役目を果たしていなかったのですが、これが結構良い感じです。
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