寺社探訪

寺社探訪とコラム

「喜びも悲しみも」

今回はとても印象深い喪主のお話です。故人は90代のお婆ちゃんで、喪主は長男で独身。親族は30名ほどいらっしゃいましたが、芸術関係の方が多く、皆さん中々個性的な方々でした。と言っても、私は変わった人が好きなので、常識を外れた言動は苦になりません。

遺影写真は顔の半分が影になっていて、黒い闇の中に故人の顔半分が浮き出たようなものでした。親族の中に写真家の方がいて、この写真を故人も気に入っていたのだそうです。遺影写真というよりも芸術作品で、格好良い写真を飾ると、備え付けの祭壇までいつもと違うように見えました。喪主はよく喋る人で、故人の話を色々と私にしてくれました。喪主が私に何度も話しかけるのには理由があって、実はひとつお願いがあったのです。

「私たち遺族は、母が長生きしてくれて本当に嬉しいんです」長寿を全うしてくれて、感謝と喜びしかないのだと、繰り返し私に訴えます。そこで私にお願いというのは、遺族がそのような気持ちでいることを、司会者の私から菩提寺の住職に伝えてほしいとのことでした。「私たちは嬉しいので、本当はお経のような暗いものを聞きたくないんです」なので、明るくお経をしてほしいと住職に伝えてくれと言うのです。

嬉しいんです、嬉しいんですと連呼する喪主ですが、さすがにお坊さんに明るくお経を唱えてくださいとは言い難い。やんわり断ると、「本当に本当に喜んでいるんですから」と、喪主も折れる気はなさそうです。そこで、菩提寺の住職と檀家さんの関係なんだし、私も一緒にいますからと、喪主に自分の気持を住職に直接伝えてみてはどうかと提案しました。

この菩提寺は檀家が1000件以上あるお寺で、住職とは毎月何度も葬儀の仕事で顔を合わせていました。雑談などもよくしていましたし、私は話しやすい関係を築いていました。「実はご住職、喪主様がご住職に聞いていただきたいたいことがあるそうなのですが、ご案内してよろしいですか?」打ち合わせの後、僧侶控室に喪主を案内しました。

最初は言い難そうでしたが、喪主はまた「嬉しいんです。喜んでいるのです」と、住職に訴えていました。明るくお経をしてくれと頼まれた住職は、「お気持ちは分かりました。でも、お経や作法はいつもと一緒ですから」と答えていました。喪主も言いたいことを分かってくれて納得したようでした。

 

通夜が始まると、喪主はずっとニヤニヤ笑顔で喪主席に座っていました。一般弔問者のお焼香が始まると、ニヤニヤの笑顔を更に強調して返礼をしていました。「私たちは嬉しいんです。喜んでいるのです」と、弔問者の一人ひとりにアピールしたかったのでしょう。

翌日の告別式でも、喪主はニヤニヤと歪な笑顔を振りまいて座っていました。滑稽というよりは気持ち悪いというか……。お葬式だから笑顔はいけないとは思いませんし、長生きしてくれた故人に感謝したりお祝いしたりする風習は、伝統的に各地にあります。それでも、喪主のニヤニヤ笑顔はどうにも不自然なのでした。

告別式の最後に喪主の挨拶がありますが、ここでも喪主は、集まってくれた会葬者に向かって「母が長生きしてくれて嬉しいんです」と、連呼していました。しかし、言葉とは裏腹に喪主の目から涙が溢れます。「あれ? あれ? 本当に、本当に喜んでいるのです。明るく送りたいんです。泣くようなことじゃないんですけど……」と。そこから堰を切ったように喪主は号泣してしまいます。肩で息をするほど嗚咽しながらも、それでも母への思いを伝えたいと話を続けていました。喪主の「私とお母さん」のお話は20分以上も続き、私の26年間の葬儀司会者の経験の中でも、最長の喪主の挨拶になりました。出棺時間を大幅に過ぎてしまっても、遺族親族の誰も喪主の話を止めません。おそらく菩提寺の住職も親族の皆さんも、最初から分かっていたのでしょう。この人、本当は悲しくて、淋しくて、堪らないんだろうなと。

 

(※ 写真はイメージのためのフリー素材です)

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