毎年のことですが、唯一の家族として共に過ごした愛猫の命日前後に、年忌参りに行っています。今年はちょうど命日に、5回目の年忌のお参りに深大寺動物霊園に行ってきました。

深大寺は雰囲気満点の参道が素晴らしいのですが、いつも私は裏側からこっそりとお参りしています。本当は本堂にお参りして、それから動物霊園に行くのが正しきお参りのように思いますが、顔バレしてしまうので、ひっそりこっそり訪れています。バレたところで、挨拶して終わりなのですけどね。

このあたりは神代植物公園があるので、深い樹木の緑に囲まれています。観光客で賑わう表の参道も良いですが、人の少ない緑の道も良いものです。ただ静かではありません。セミが激しく自己主張しています。

病気で大変な晩年を過ごした愛猫には、辛くて痛くて寂しい生活をさせてしまい、私は愛猫に対して神聖な負債を背負っているように感じています。いつか自分自身に辛くて痛くて寂しい病気との闘いが訪れても、逃げることなくその負債の責任を負いたいと思います。きっと愛猫が空の彼方から、私が神聖な負債にちゃんと向き合うのか、見ているように感じます。だから私が愛猫にそうさせたように、痛かろうと辛かろうと、最後の最後まで生き抜かなくてはなりません。

今回は仕事の合間にやってきたので、大した準備もできませんでしたが、コンビニで「ちゅーる」を数本買ってきました。私の愛猫にとっては「ちゅーる」は単なるオヤツではなくて、生きるための最後の頼みの綱でした。病気で今までの食事ができない状態になって、どんどん痩せていってしまいました。とにかく食べられるものを何でもいいから食べることが大事だと病院の先生から聞いて、美味しそうなもの、食べやすそうなものを苦心して与えていました。買ったフードの1割も食べてくれず、膨大な量の高級キャットフードを無駄にしてしまいました。そんな中「ちゅーる」だけは食べてくれて、最後の方は毎日「ちゅーる」だけで生きていました。

萬霊塔を囲むように霊廟が建っています。これまでお供えしていた古い「ちゅーる」を片付けて、新しい「ちゅーる」をお供えしました。霊廟には小さな塔婆を建立しているのですが、「納骨」「四十九日」「一周忌」「三回忌」の4本の塔婆が建っています。来年は七回忌なので、また塔婆が1本増えることになります。

お盆のイベントがあったようで、観音様の荘厳も立派になっていました。いつものように線香を2本立てて、私の愛猫と、人間のために亡くなった動物たちの御霊のやすからんことを観音様に祈念しました。

私の周囲のペットを飼っていた方々に、ペットが亡くなった後どうしているかと聞いたところ、ほとんどの人が自宅に安置しているとのことでした。私は自宅に置くとぞんざいに扱ってしまいそうで、動物霊園を選びました。よく仕事でご一緒していた深大寺の僧侶の皆さんが供養してくれるのなら、それがベストチョイスだと思いました。

23区の方々や他府県の方々にとっては、多摩エリアはどこも同じように見えるかもしれませんが、調布市は映画の街としてちょっと垢抜けている感じがします。街が古いのでおしゃれ感は今ひとつですが、「映画と恋愛のストーリー」として日本遺産に登録されないかなと期待しています。
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