
上目黒氷川神社 目次
名称・旧社格
氷川神社と称します。通称、上目黒氷川神社、大橋氷川神社と呼ばれています。旧社格は村社です。
創建
天正年間(1573-1592.年)甲州武田家家臣だった加藤家が上野原より産土の大神を当地に迎えたとされています。
御祭神
みどころ
小高い山(崖)の上にあり、静謐な雰囲気に包まれています。
アクセス
目黒区大橋2-16-21
東急田園都市線「池尻大橋」徒歩5分
探訪レポート

国道246号線に面していて、まさに喧騒の中にある神社です。正面の鳥居の横には、大山道の石碑が置かれていました。この石碑は天保13年(1842年)の建立で、この玉川通り(国道246)も大山阿夫利神社への参拝道だったことが伺えます。

斜面の上に境内がありますので、そこそこの階段を登ります。この石段は文化13年(1816年)に造られたのだそうです。

手水鉢は使用されておらず、植物が飾られていました。手水はセンサー式になっていて、近づくと水が流れます。過度な飾り付けや、説明書きがベタベタと貼ってなくて、シンプルで美しい手水舎です。

社殿です。氷川神社なので素戔嗚尊を主祭神としています。素戔嗚尊を祀る神社は出雲系の神社や祇園信仰の神社などがありますが、氷川信仰は独自の信仰で、関東地方、特に荒川流域に多いのが特徴です。他に素戔嗚尊の姉にあたる天照大御神を御祭神としています。記述がないのでわかりませんが、天照大御神は氷川信仰ではなくて、あくまで想像ですが、近隣の神社から合祀したのかなと思います。

こちらは富士山遙拝所です。全く富士山は見えませんが、かつては望むことができたそうです。少し離れた場所に文化9年(1812年)に築かれた富士塚があり、目黒富士と呼ばれた景勝地でした。明治11年(1878年)に岩倉具視の別邸となったために、富士塚にあった浅間神社が氷川神社境内に遷座されました。

昭和52年(1977年)に、崖の立地を利用して、富士登山道に見立てた浅間神社への参道を造り、目黒富士の名を復活させ、山開きを行うようになったそうです。

国道246号の喧騒から遮断された空間が神域を創り出しています。すぐ近くを多くの車両が行き交う音が聞こえるのですが、それでも静謐さを感じる境内となっています。

神楽殿には雅楽が無限リピートされていました。社殿の大きさに比べると、かなり立派な神楽殿です。例大祭は8月に行われますが、節々の行事などで使われているようです。

社殿の左には稲荷神社がありました。稲荷神社ですので、農耕・産業の上である宇迦之御魂神をお祀りしています。この高台はかつて稲荷山と呼ばれていたそうで、氷川神社が創建される以前からこの地にあったとされています。

社務所兼授与所です。平日でしたが参拝客がいらっしゃいました。授与所の前には樹齢150-200年といわれる御神木がありました。「開運三社巡り」ののぼり旗があります。三社巡りというのは昔から各地で行われていましたが、こちらの三社巡りは大田区大森北の磐井神社と大塚の天祖神社と上目黒氷川神社の三社が8月~10月にかけて行っているイベントです。三社で特別御朱印を求めると、満願御朱印と記念の手ぬぐいが授与されるというものです。どうしてこの三社なのかわかりませんが、距離的に1日で満願できて、ゆっくりと拝観しながら楽しめますね。

社殿を挟んで稲荷神社の反対側に浅間神社があります。こちらが目黒富士から遷座された浅間神社です。昭和50年に神社境内に上がる自然道のような登山道が整備されて、毎年7月1日に山開きと浅間神社例大祭が行われています。

側面からも境内に上がる階段があります。池尻大橋は商業地と住宅地が混在したような場所で、大通り沿いに面する上目黒氷川神社は人々が拠り所として集まる場所として存在し続けています。遠方からわざわざ観光に訪れるような神社ではありませんが、地元の人々と共にいつまでもこの地に鎮座していてほしいです。
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