昨今では一般弔問をお断りして、家族・親族だけで行う葬儀が主流となりつつあります。人と人の関わりが変遷し、30年を超える経済停滞が続く中、葬送のスタイルも変化しています。それでもできるだけ手厚く送り出したいと思うのが人の常……という訳でもないエピソードをひとつ。

ある日、葬儀社の担当者と一緒に喪主宅に納棺に伺いました。納棺後は火葬場に向い火葬の予定となっています。いわゆる「火葬のみ」という葬送方式です。
団地の一室の喪主宅には、故人である父親と息子である喪主しかいませんでした。他に親族がいないのか? 来れないのか? 来れるけど来ないのか? 詳しいことはわかりませんが、とにかく納棺も火葬も立ち会いは喪主のみの予定とのことでした。

納棺師が活躍する映画「おくりびと」に描かれているように、納棺と言っても故人の身体を棺に納めるだけではありません。故人の身体を拭き清めたり、旅支度の衣装を着せたり、宗旨に従って様々にするべきことがあります。
今回は納棺師を利用しないので、葬儀社の担当者が納棺を行います。タライに逆さ水を張って、故人の身体を洗い清めていた湯灌(ゆかん)の儀式は、簡略化が進んだ現在では、アルコール綿で故人の身体を拭き清めるものが主流となっています。
参加した親族全員が故人の身体に触れるこの儀式は、親族各々の思いをひとりずつ直接故人に伝えているように感じられて、葬送の本質を表現していると思える瞬間です。昨今では簡略化のために納棺の儀を行わないことが増えているのは残念です。

さて、今回の納棺の儀の参加者は息子である喪主のみです。喪主にアルコール綿を渡すと、拒否されてしまいました。「ああ、私はしませんから⋯⋯」とのこと。続いて旅支度が行われます。プロの納棺師は、白装束に着せ替えるのですが、葬儀社の社員が行う場合は、着替えまではしないことが多いです。足袋、脚絆(きゃはん)、手甲の3つを故人の身につけて親族か紐を結び、白装束は納棺後に上から納めることが多いです。担当者と私が足袋をはかせ、脚絆を脛に当て、手甲を手に付けて、それぞれ紐を垂らしておきます。喪主に紐を結んでもらうように伝えると、「ああ、私はしませんから⋯⋯」とのこと。
まるで大門未知子のようですが、担当者に喪主が続けて言いました。「母が亡くなったとき、この人は何もしなかったんです。葬式もしないで⋯⋯」だから自分は父親が亡くなっても何もしてやらないと誓ったのだそうです。故人の枕元に置かれていた枕飾りに、お線香1本もあげた形跡がなかったのは、そういう訳だったのです。

喪主の意思を聞いても、私たちがそれに対して意見をすることはありません。言葉も感情も表に出さず、淡々と作業のように紐を結んで旅支度を済ませます。今日初めて会った故人の尊厳を守り、安らかな旅路を願いながら。
編笠や草鞋、金剛杖、六文銭の入った頭陀袋などの副葬品を納めるのですが、喪主自身は何もしないと言いつつ、私たちがすることを拒否することもありませんでした。微妙な空気が支配する中、納棺を終えて火葬場へ向かいました。喪主は常に手を出さずに見ているだけで、最後の対面も、焼香も収骨さえもしませんでした。

改めてなぜこんな葬送になったかと言うと、故人が奥様(喪主にとっては母親)の逝去の際に何もしなかったから、その復讐のためです。しかしこれでは、この人は自分の父親が亡くなっても何もしてやらなかったと、自分も誰からも何もしてもらえなくなります。こんなことを連鎖しても良い訳がない。亡くなった母親がこれを望んだだろうか、よく報復したと褒めてくれるだろうか。
そんな想いを心の内に閉じ込めて、遺骨をマイカーのトランクに乗せて火葬場を去る喪主を見送るのでした。
( ※ 写真はイメージのためのフリー素材です)
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