6月生まれの私は、6月は少し残念な月だと思ってきました。それは子供の頃の方が強く感じていたことで、他の月に比べてちょっとした引け目を感じていたのです。6月には祝日がない上に、梅雨で雨天曇天が多く、気分が高揚するタイミングかないのです。特に夏休みのために毎日が日曜日のような8月や、クリスマスやお正月のある12月・1月に比べると、子どもながらに6月は酷いものだと思っていました。

そんな6月に「夏越の大祓」という神道の年中行事があります。半年間の罪や穢れを祓う「大祓」という神事が6月末と12月末に行われ、そのうち6月に行われるものが「夏越の大祓い」と呼ばれています。罪や穢れを祓うという考え方は日本神話にも登場するので、日本人の古来からの思想に、そういうものがあるんでしょう。

曇天模様の空の下、国立市に用事があったので、そのまま谷保天満宮に行くことにしました。平日だったので無料の駐車場も空いていました。この神社は珍しい構造で、入口の大鳥居が一番高いところにあり、参道は緩やかな坂道を下って進む感じになります。

茅の輪をくぐる神事と大祓の神事は、そもそも由来の違うものですが、現代では大祓と茅の輪くぐりはセットになっています。そして、茅の輪くぐりをする前に、手水舎で心身を浄めてから神社境内に入ります。祓うために浄めるという、神社ではいかに清浄であることが重視されているかがわかりますね。

手水舎からさらに階段を下ります。多くの寺社仏閣は入口から奥に向かって上がっていく構造が多いですが、谷保天満宮がなぜ逆になっているのかというと、かつては甲州街道の位置が神社の南側にあったのが、江戸時代に神社の北側に移ったからだそうです。

天満宮なのでお祀りされている神様は菅原道真です。天満宮の神使は臥牛で、谷保天満宮にもなかなか歴史のありそうな石の牛がいらっしゃいます。菅原道真が太宰府で亡くなった際、亡骸を牛車で運んでいたら、牛が臥せて動かなくなり、その場所に埋葬することにした。という説話に基づいて、臥せた牛が神使となっているのです。

こちらは金属製の臥牛です。こちらは比較的新しそうですが、足や頭を撫でられて色が変わっています。足や頭が良くなりますようにという願いを込めて撫でるのですが、これも神社・寺院問わず多く見られる信仰です。当サイトでレポートした中でも、牛のみならず、田無神社の「なで龍」や川崎大師の「なで薬師」などがあります。通天閣のビリケンさんも足の裏を撫でますね。

社殿前に茅の輪が設置されています。大祓の神事は6月30日または直前の日曜日に行われることが多いですが、茅の輪はその前後1〜2週間設置されていることが多いです。この日は6月29日の月曜日でしたが、茅の輪くぐりをする方もちらほら訪れていました。
茅の輪くぐりは祇園信仰、いわゆる牛頭天王の信仰によるものです。よく家の入口のドア横に「蘇民将来之子孫也」と書かれた紙を柊の葉と一緒に貼り付けてあるのを見かけますが、これも祇園信仰です。茅の輪をくぐると天災や疫病を除けることができるというものです。

明治維新の神仏分離令で、牛頭天王のような神仏習合の色濃い尊格は、日本神道の神様に置き換えられました。牛頭天王の垂迹神はスサノオと定められ、牛頭天王を祀っていた神社では主祭神をスサノオに変更した訳です。とはいえ、ここは谷保天満宮です。天満宮の主祭神は言わずもがな、天神様こと菅原道真です。茅の輪をくぐってこの半年の罪や穢れを祓い、これからの良き日々を願って祈る対象は牛頭天王やスサノオではありません。学問の神、菅原道真です。本殿でお賽銭を投げて、二礼二拍手一礼にてお参りをして、社務所に向かいました。

茅の輪くぐりと同じく、夏越の大祓で行うことのひとつに、形代を納めるということがあります。形代に名前を書いて体に擦りつけ、最後に息を吹きかけることで、自分の罪や穢れが形代に移されるという考え方です。罪や穢れが移された形代は、川や海など水に流して浄められるというシステムになっています。
12月の大祓は、神事は行うものの、茅の輪を設置して大々的に儀礼を行うことは稀です。大晦日と新年にかき消されてしまう感じで、1年の後半に溜まった罪や穢れを祓うためだけに神社に来る人も少ないと思います。という訳で夏越の大祓は、何もない6月に大いなる存在意義を持たせる素晴らしい行事なのです。
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