「生・老・病・死」は「四苦」と言って、仏教では人生を代表する苦しみとされています。
いよいよ入院です。不安が多いですが、大人なので所定の時間に所定の準備をして病院にやってきました。
庶民の憂鬱
入院手続きを済ませると、病室へ向かいます。前回と同じ病棟で同じ病室でした。残念ながら同じ窓側のベッドではなく、廊下側のベッドでした。景色がないと悶々とする時間が増えて、1日を長く感じます。最初の1週間は何の治療も無く、数値を整えるだけなので激暇です。賎民の私は差額ベット代無しの大部屋なのですが、毎回個室が良いなあと思います。しかし大学病院の個室は高くて私には難しいです。
病気で不自由になる人にとって、大きな問題のひとつが排泄です。自分でトイレに行けないというのは想像以上に辛いと思います。今回は同室の方が自分でトイレに行けない方が多くて、中でも全く動けない方は病室の中で排泄するので大変です。排泄は時を選ばないので、ご飯の時間の前後に、大便の臭いを部屋中に充満させることになります。他人の大便の臭いを直に嗅ぐのは、病気だからとわかっていても、偏見を持ちたくないと思っていても、現実的にはかなり辛かったです。これがもし逆の立場で、私が自分の大便の臭いを同室の方々に臭わせることになったら、羞恥心もあるし、迷惑の大きさに耐えられないだろうと思います。実際に部屋で大便をしたり、ストーマを使い慣れてない方々は、こちらが厶せてしまうほどに、消臭剤を撒きまくります。私は今回は手術なので、尿道カテーテルも入れますし、オムツ履いて看護師さんに排便のお世話をしてもらったり、下を洗ってもらうことになるそうです。ああ憂鬱……。
不穏なる同意書
家電製品は説明書を見ないで使い始めるタイプです。手術の同意書も中身を見ないでサインするタイプです。しかし、それも社会人としてダメだろうと思い、サインした後に読んで提出しました。入院2日目に財前先生(外科主治医)がやってきて、以前出したものより詳細な同意書にサインして看護師さんに渡してくれと言われました。
先にサインして読んでいると、手術名や私の病状に関する記載が違っているのです。私、いつからがんになっていたのでしょうか? 本人に直接告知してくださいと頼んでいましたが、裏から家族が手を回したとかでしょうか? 外科の若手の医師、つまり白い巨塔の柳原先生的な方が挨拶に来たので、同意書を見せて聞いてみた。わかりやすい動揺の後、「あなたの病状でこの手術を受ける人が少ないので、テンプレにあるがんの病状の同意書を使ったのだと思います。あなたの場合腫瘍はありませんので、この部分は違います」とのこと。要するにテンプレに無い同意書を作るのが面倒だったから、がんの手術のテンプレを使ったということですね。ドラマと同じく柳原先生は無防備で責任回避能力が低いです。正直な彼の将来を案じつつ、また面倒になったと困りました。
ベテラン医師の処世術
同意書の中身が何であれ、やる手術は変わらないのだろうけど、違う病気の違う手術の同意書を取って、何の意味があるのかなと思います。これじゃサインできません(先にしたけど)。とりあえず柳原先生から財前先生に話が伝わって、どんな反応してくるのか待ってみましょう。
流石は財前先生。同意書は患者用も病院用も私が持ったままですが、何日経っても何も言ってきません。無かったことにする作戦です。その日の午後に突然に私のところへリハビリの先生や糖尿病専門医などが送り込まれました。手術後の私を担当してくれる方々ですが、財前先生に言われて顔見せに来たそうです。その後、リハビリ室に呼ばれて、術前のリハビリが必要かのチェックを受けました。ただ無かったことにするだけでなく、次々と予定を入れてこちらを撹乱してきます。柳原先生は財前先生から何を学ぶのであろうか。
因果
私の同室のご高齢の患者のところへ、担当医が食事の変更を告げに来ました。誤嚥性肺炎が怖いので、常食から柔らかい食事に変更するとのこと。私の入院経験上、高齢者ほど食事へのこだわりが強いです。「ああ、しっかり噛んで、時間かけて食べているから大丈夫だよ~」と、老人は軽い感じで話を終わらせようとしましたが、担当医も食い下がり、変更の理由を説明します。患者も毎日の唯一の楽しみを奪われまいと引きません。
「私も若い頃は、良いですよって言ってたんですよ。でもそれで患者さんやご家族さんに辛い思いをさせた経験をしたのでね。失敗の経験を積んだからには、良いですよとは言えないんですよ」という担当医の言葉で、老人も承服せざるを得ませんでした。回診が終わると、先生方は仕切りのカーテンを閉めて、部屋を出ていくのですが、そのカーテンを閉めてから出ていくまでの間に、この先生は歩きながら部下にすぐレクチャーを始めます。
「昔は許してたんだけどねぇ、それで4.5人亡くしたから……」と聞こえました。凄いことをサラッと言いました。葬儀の仕事をしていると、高齢者の死因に誤嚥性肺炎が多いことに驚きますが、こういうことなのかと原因と結果が繋がったように思えました。
しかし、このご老人の食への執念は凄まじく、この後、新展開の連続で、毎日のように病院vs老人の食事を巡るバトルが繰り広げられるのでした。
( ※ 写真はフリー素材です)
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