寺社探訪

寺社探訪とコラム

「ゆうべはお楽しみでしたね」

もう20年くらい前の話ですが、とあるお葬式の司会の仕事をしていました。葬家の菩提寺は遠方にあり、99歳のご住職は立ち会えないとのことで、副住職が東京に泊りがけでやってくることになりました。

副住職と言っても99歳のご住職の息子さんなので、既に還暦は超えている方です。東京へは自家用車で来られるということで、葬家に式場の最寄り駅付近のホテルを予約していただきました。地方の菩提寺が上京してくる場合、葬儀の司会者はいつも以上に入念に打ち合わせをしなければなりません。地方の常識と東京の常識とが違っている場合があるので、お互いに常識と思って言葉に出さないでいると、思いもよらぬ事態になることがあるのです。打ち合わせをする中で、少し上からの威圧的な言い方をされることもありましたが、馴れ合いをしない真面目で堅い人柄を感じました。

 

さて、2日間に渡る通夜・葬儀を無事に終えて火葬場に向けて出発します。副住職は土地勘もないので、葬家が用意したタクシーに乗って行きました。火葬場から式場に戻り初七日法要の後、会食の席が始まりました。副住職はこれから長距離を運転するので、ある程度したら私服に着替えて帰るとのことでした。余談ですが、着物姿を見慣れているお坊さんが洋服を着ている姿は、なんとなく滑稽で違和感を拭えません。

夕日が眩しく照りつける式場駐車場で副住職を先頭に、カバン持ちの私、喪主と家族という順で少し離れて歩いていました。なぜ少し離れていたかというと、何か心配事があった副住職は早足で車に向かい、まだ食事中だった家族が後ろから追うという形で、間にいる私は何となくその中間あたりを保ったからです。副住職がズボンのポケットから車の鍵を出した時、何かが地面に落ちたのを見ました。私が拾おうと駆け寄ると、それは使用済みコンドームでした。駆け寄る速度を緩め、何事もないようにカバンを持って副住職の横に立ちますと、副住職は何やら車内をゴソゴソ調べて、「やっぱりないなぁ」と呟きます。どうやら火葬場へ行くときに乗ったタクシーの車内に携帯電話を忘れたようだとのこと。私がタクシー会社に連絡をして確認してもらうように依頼し、喪主が副住職の携帯に電話をかけてみて、家族の子どもたちが会食ホールや僧侶控室を探しに行ってくれました。その間も、副住職の足元には使用済みコンドームが転がっています。口を縛った薄ピンクのゴム袋には、昨日製造発射されたと思われる乳白色の副住職の種が入っていました。どこかな~、う~んなどと、家族も一緒に携帯電話の行方を考えていると、住職が足元のコンドームに気づきました。

喪主や家族より先に気づいて良かったと胸を撫で下ろしましたが、問題はこれをどうするかです。まず副住職はサッカーのインサイドキックのようにコンドームを蹴って、車の下に潜らせるというプランを行いました。しかし、柔らかいゴムはなかなか思うようにアスファルトを滑りません。車の下まであと1mほどですが、あまりズリズリキックばかりしていると、喪主や家族に注目されて発見されてしまいます。蹴っては足で隠す、足で隠しては蹴るというコンボで攻めますが、なかなか車の下まで行きません。すると副住職が後部座席の扉を開けて車内を点検するためにしゃがみました。副住職の眼光は地面の一点を捉えています。しゃがんで車内に体を潜り込ませる刹那、電光石火の早技で落ちたコンドームを拾い、そのまま体ごと後部座席に滑り込ませ、コンドームを車内に投げ入れました。

「ナイスッ!」思わず叫びたくなる気持ちを抑え、喪主と家族の反応を確認しますと、誰も気づいてはいない様子。後部座席を点検するフリをした副住職が、「ありませんねぇ」と体を起こし素早く後部座席の扉を閉めます。隠蔽完了。お見事でした。結局、携帯電話は見つかったら寺に連絡するということになり、副住職は夕日の彼方へ帰っていきました。

 

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